2008年01月27日

賃貸住宅更新料のこと

賃貸の形式って本当不可解な所が多いですよね。
昔からの礼金なんて本当に必要ないと思うんですが。

 マンションなど賃貸住宅の更新料は違法?--。不動産業界の「常識」の是非を問う判決が30日、京都地裁で言い渡される。更新料計50万円の返還を求める原告の借り主には「京都敷金・保証金弁護団」(16人)、被告の貸主には「貸主更新料弁護団」(12人)が付き、激しく対立。かつては当たり前だった賃貸住宅の敷金や大学前納金が司法の場で次々と覆る中、更新料にはどのような判断が下るのか注目される。

 更新料は、原状回復費を除いて返還される敷金と異なり、契約を延長するごとに大家側に支払い、返還されない。貸主側弁護団によると、40年を超える“歴史”があり、全国約900万戸以上の賃貸住宅のうち、京都や首都圏、北海道、愛知、福岡などを中心に1~2割が設定している。

 原告は京都市のマンションを月額家賃4万5000円、更新料毎年10万円で契約した男性。00年8月~06年11月の契約期間に支払った更新料5回計50万円の返還を求めている。

 訴訟は、原告・被告双方が大弁護団を組み、さながら「借り手代表」と「不動産業界」の対決に発展。消費者契約法に基づき、更新料が一方的に消費者に不利な契約になっていないか正面から争っている。更新料については、簡裁レベルで合法とした判例がある程度で、本格的な訴訟は初めてとみられる。

 借り手の弁護団は敷金返還で勝訴を重ね、敷引特約の無効性を定着させてきたメンバーで、更新料を「賃料を据え置く代わりに、脱法的に始められた」と批判。一方の貸主側は「毎月の賃料と更新料を併用する支払いの一方式。月額を低く設定し更新料で補充するもので、短期間の契約者にメリットもある」などと反論している。

 「更新料の無効性が定着すれば次は礼金に切り込む」と借り手側。貸主側は「無効となれば大混乱は必至。負けるわけにはいかない」としている。

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2007年11月08日

白井藩とはいったい何かについて書く

ようやく分かりましたので、下記に記しておきますね。

戦国時代、白井は関東管領・山内上杉氏の支配下にあり、関東管領の居城として関東支配の拠点となった時期もある。天文20年(1551年)、時の関東管領・上杉憲政が北条氏康に敗れて上杉謙信のもとへ逃亡した後、白井は長尾氏(上杉謙信の一族とは別族)の支配下に入り、長尾氏は北条氏の家臣となった。天正18年(1590年)の小田原征伐で白井城は前田利家・上杉景勝の攻撃の前に落城し、長尾氏は没落した。その後、関東に入部した徳川家康は、白井に本多康重を2万石で入れた。これが白井藩の立藩である。康重は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで徳川秀忠軍に属して上田城の真田昌幸と戦い、殿軍を務めた武功を賞されて翌年、三河国岡崎藩に5万石で加増移封された。ちなみに康重は、藩政においては城下町の整備に尽力し、藩の基礎を固めた。

康重に代わり、慶長6年(1601年)に松平康長が2万石で入るが、翌慶長7年(1602年)にすぐ下総国古河藩へ移封となった。代わって徳川四天王で有名な井伊直政の次男・井伊直孝が1万石で入る。直孝の長兄・井伊直勝は父の後を継いで彦根藩主となっていたが、何事においても直勝は病弱で、大坂の陣においても直勝に代わって直孝が出陣して武功を挙げたこと、直勝よりも直孝のほうが直政の才能を受け継いでいたことなどを評価されて、元和2年(1616年)、家康の命により直勝は廃されて直孝が新たに彦根藩主となった。

代わって白井には西尾忠永が2万石で入る。だが、元和4年(1618年)に常陸国土浦藩へ移封となった。その後を受けて本多康重の次男・本多紀貞が1万石で入る。しかし元和9年(1623年)、紀貞は嗣子無くして死去したため、ここに白井藩は廃藩となり、白井城は破却、その所領は旗本領として分割されたのである。

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2007年09月27日

ラミジアとは何でしょうか?

クラミジアとは、偏性細胞内寄生体という細胞内でしか増殖しない細菌の一種とされている。 分類上の位置づけは一定していない。代謝エネルギー生産系がなく、エネルギーを宿主細胞に依存している

男性の場合は泌尿器科・性病科、女性の場合は産婦人科・性病科を受診。 咽頭感染の場合は耳鼻咽喉科。 性器感染の場合は患部から体液を採取し、クラミジアの有無を調べる。

どこに感染しても治療法は同じで、テトラサイクリン系、マクロライド系、ニューキロノン系の抗生物質・抗菌剤を2週間程度投与する事で治療できる。症状は数日でなくなる事が多いが完全に死滅していない事があるので、医師の指示通り服用する。途中でやめた場合ぶり返したり、菌に耐性がついて治りにくくなったりする事がある。また、薬に耐性のある耐性菌も増加している。

アジスロマイシン耐性のクラミジアも増えている.

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2007年08月06日

ベトナム戦争

ベトナム戦争といったらあの超大国アメリカが敗北した戦争としてあまりにも有名ですよね。

ベトナム戦争(ベトナムせんそう 1960年 - 1975年)は、インドシナ戦争後に、ベトナムの南北統一をめぐって戦われた戦争。宣戦布告なき戦争であるためベトナム紛争とも呼ばれる。第二次インドシナ戦争ともいう。共産主義勢力の拡大を防ぐため、北ベトナムと対峙する南ベトナムを支援するアメリカ合衆国が中心となり大規模な軍事介入を行ったが、目的を達せずに撤退した。

形式的には北ベトナムと南ベトナムの戦争であったが、実質的に共産主義勢力(ソビエト連邦、中華人民共和国)と資本主義勢力(アメリカ)が背後にあっての戦いであった。その為、「代理戦争」と呼ばれた。また冷戦の文脈とは別に、ベトナムの独立運動に対する抑圧的戦争であった面も指摘されている。とはいえこの時期の独立運動はマルクス主義の被民族抑圧解放路線と密接な関連を持っていたため、二つの要素を明確に区分することは難しいという意見もある。

イデオロギーに違いが憎しみにかわり戦争になる。今も昔もかわらないですね。